lover’s quarrel



遊園地にあるゴーランドの屋敷の一角。

少し変わった趣味ながらもわりと綺麗に整えられた客室は・・・・不穏な空気に包まれていた。

ただしこの屋敷における客室にいるのは=客では最近ない。

というのも外の世界から来た少女、アリス=リデルが住み着いているからだ。

そして今この部屋に充満している不穏な空気の発生原因は紛れもなく、部屋の主のアリスに他ならなかった。

が、しかしアリスは部屋にあるソファーに座って本を捲っているだけである。

ただ本を読んでいるだけ・・・・見た目だけは。

そしてその彼女の横で面白くなさそうに時々彼女に目をやっているのが不穏な空気の発生源、ボリス=エレイだった。

アリスがこちらの世界の残ってからこちらしばらくは手錠に繋がれたりなんだかんだとゴーランドを心配させていた二人だが、今は手錠も外れて・・・・ソファーの端っこと端っこに。

片方の端には本を読んでいるアリス。

片方の端には面白くなさそうな顔をしているボリス。

気配に疎くては生きていけないこの世界で頑張っている遊園地の従業員達はドアの外からこの雰囲気を察知しているのか、一向に誰もたずねてくる気配もない。

―― パラ・・・・

・・・・・・・ぱたん ――

時折、アリスがページを捲る音と、ボリスのしっぽがソファーを叩く音がする。

―― パラ・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・ぱたん ――

窓から差し込む光は少し前まで真昼の明るさだったけれど、今は夕暮れの緋色だ。

珍しく流れ通りに時間が巡っているらしい。

―― パラ・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぱたん ――

遠くから遊園地の喧噪が流れてくる気がする。

そう言えば誰も呼びに来なかったから気にしていなかったけれど、そろそろ食事の時間かもしれないとアリスはとりとめもなく考える。

―― パラ・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・――

「・・・・ボリス?」

我ながら冷たい声だと思うような声でアリスはソファーの反対端にいる青年の名前を呼んだ。

そのアリスの目線の先には ―― 腕に絡んだピンクのしっぽ。

もちろん、しっぽの持ち主は直ぐ近くに座っているボリス以外にはあり得ない。

見ればいつの間にか、ボリスはソファーの反対端からしっぽがアリスに届くくらいには近くに来ていて、ちろっと伺うような目で見てくる。

「・・・・つまんない。」

「は?」

「構ってよ、アリス。」

心底面白く成さそうに言われてアリスは呆れたようにため息をついた。

「あんたね、私たち今ケンカしてるんじゃなかったの?」

そう、確かに自分たちはケンカをしていたはずだ。

・・・・原因は結構どうしようもない事だった気もするけど。

「それが謝ったりもなしで、いきなり「構って」って。」

そんな仲直りの仕方、聞いたこともないと呆れるアリスの腕にするりとボリスのしっぽがからみつく。

「だってさ」

呟きながらボリスは片手でアリスの髪に手を伸ばした。

「怒ってるあんたもちょっと気まずそうなあんたも可愛かったけど、ほったらかしっていうのはいただけない。」

「あんたね、そもそもそれが原因だったんじゃない!」

さすがにアリスは叫んだ。

どうしようもないケンカの原因。

それはアリスの手の中にある本だった。

ブラッドから借りてきた本で、生来本好きのアリスが読みたいと思っていた類の本だったのだ。

それを読むのを楽しみに帰ってきてみればボリスが来ていて、すぐに本を読みたいアリスと構って欲しいボリスの意見の不一致で結局双方そっぽを向いていたわけなのに。

「それをまた蒸し返すわけ!?」

いい加減にして、と言わんばかりのアリスにボリスは意外にも冷静に言った。

「冗談。もうケンカなんかしない。」

「はあ?」

「だって、原因はもうないだろ?」

「??」

意味が分からなくて首を捻ると、ボリスはくすりと笑った。

笑って、アリスの手元の本をちょいっと指さして。

「ページ。さっきから行ったり来たりしてる。」

「!!」

かあっとアリスは頬に血が上るのを自覚した。

その顔にボリスがますますにっと笑う。

「・・・・・なんで見てるのよ。」

「あんたって、ホント可愛いよね。」

ハートマークでもつきそうな程甘く言われてアリスはかなり嫌そうに顔をしかめる。

「俺のこと、気になって本なんか読めなかったんだろ?」

「・・・・違うわよ。」

意地っ張りのアリスの否定などもろともせず、ボリスはアリスの髪に口付けた。

そしてしっぽで絡みとった腕を引き寄せて手の甲をペロリと舐めるとアリスがぴくっと動く。

「かわいい」

「わ、私はまだ本っ!」

まだ意地を張りかける唇はキスで塞いで。

唇を舐めて、舌を絡め取って・・・・丁寧に丁寧にキスをする。

「・・・ん・・・・・・ふ・・・・・」

小さく漏れる吐息も拾うように、隙間も作らないように唇を合わせて。

「ふ・・・・・はあ」

やっと解放されたアリスが我に返った時には、いつのまにか本はボリスの手の中にあった。

「ボリス!」

「ちゃんと返す。・・・・けど」

伸ばしてくるアリスの手を避けてボリスはソファーの端に本をぽんっと投げてかわりにアリスを腕の中に閉じこめる。

そして額を合わせるように覗き込んで言った。

「今は俺に構ってよ。」

「・・・・・・・・・・もう」

負けた、とアリスは苦笑した。

「あなたってホントに・・・・私を甘やかすのがうまいわ。」

「何のこと?」

惚けてみせるボリスの口許は緩やかに笑っていて。

(もう、本当に甘い。)

本は好きだけど、ボリスと天秤にかけたら傾くのはもちろんボリスの方だ。

それが分かっていながら気恥ずかしさから意地を張ったアリスを何も言わずに許す。

はあ、とアリスはため息をついた。

(猫が気まぐれ、なんて誰が言ったのかしら。)

―― この猫(ひと)は呆れるほどに私だけ見ていてくれるのに。

「わかったわ。」

「ん?」

アリスを腕の中に閉じこめて満足そうに髪を梳いているボリスを見上げてアリスはそっと背伸びをした。

ちゅっと音を立ててキスをして。

アリスは自分で見たなら呆れるほど、優しく笑って言った。

「しょうがないから、構ってあげる。」



















〜 おまけ 〜

「・・・・で」

「んー?」

「・・・・私はいつになったら本を読めるわけ?」

「うーん、どうしようかなあ?」

「どうしようかって、返すって言ったじゃない!」

「まあね。けど俺結構傷ついてるからさ。」

「え!?」

「これってブラッドさんの所の本だろ?」

「!見てたの!?」

「ちょうどあいつらのとこに遊びに行ってたからね。しかも三月ウサギさんとも遊んで、帰りに時計屋さんともじゃれてた。」

「じゃ、じゃれてなんかないわよ!!ていうか、もしかして私が帰ってきた時あんたが機嫌悪かったのって・・・・」

「アリス?」

「な、何?」

「好きだぜ。」

「・・・・ものすごく嫌な予感がするんだけど。って、この手なに!?」

「何って・・・・ナニ」

「ちょっ!本もそうだけど私、ご飯も食べてないのに!」

「それはそれ。これはこれ。」

「わ、わけわかんないわよ!」

「いいじゃん。構ってくれるんだろ?」

「っ!あんたが甘いなんて言った私が間違ってたーーーーー!!!」






―― やきもち猫にはご用心・・・・合掌





















                                              〜 END 〜











― あとがき ―
書きたかったのはボリスがアリスの腕にしっぽを絡めるシーンだけだったんですが、それを書くために無駄に長く・・・・(反省)